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2026.08.31
2026年7月18日(土)、本学9号館グローバルラウンジおよび7号館007教室にて、国際編集文献学研究センター主催のワークショップ/シンポジウム「創造性・AI・カフカ—編集文献学の新しい地平」を開催しました。当日は、本学学生・教員だけでなく、様々な研究機関から幅広い分野の研究者を中心に、多くの方々にご参加いただきました。作家の創造性とその展開の追跡——とりわけAIを用いた執筆過程の同定——をめぐって、登壇者やフロアとの間で熱のこもった意見交換がなされ、有意義かつ実りあるものとしてイベントは成功裏に終了しました。
ワークショップでは、若手研究者2名による研究報告がなされました。森林駿介先生(大東文化大学外国語学部講師・本研究センター客員研究員)には、フランツ・カフカの『審判』における章配列の問題、そして複数の章を行ったり来たりする、当該テクストにおけるカフカの特殊な執筆スタイルの問題についてご説明いただいた後、その執筆過程に即してテクストを配列していくという、編集プロジェクトの力点についてお話いただきました。続いて冨塚祐さん(成城大学大学院博士課程後期・本研究センターリサーチアシスタント)からは、フリードリヒ・ヘルダーリンのテクスト編集史における、執筆過程の再構成をめぐる問題の所在について、「ホンブルク二つ折り判ノート」と呼ばれる手稿を例にした発表がなされました。その後の質疑応答では、執筆過程の再現に重点を置いた編集のあるべき姿や、そのような編集においては「作品」概念がいかなるものとして理解されるのかなど、今後の編集実践を視野に含めた活発な議論が交わされました。

シンポジウムでは、まず、明星聖子先生(本学文芸学部教授・本研究センターセンター長)と寺沢憲吾先生(公立はこだて未来大学システム情報科学部准教授)に、「カフカの執筆順をAIで探る—テクスト編集の問題とこれからの人文学」と題してご講演いただきました。講演の前半では、明星先生より、まず導入としてカフカ『審判』の編集史について概説していただきました。その後、カフカが複数の章をジグザグに書いていくなかでの移行ポイント、言い換えれば日ごとのレベルでの執筆の「切れ目」がどこにあるのかという問題をめぐる、現在進行中の編集プロジェクトにおける人間による分析とその限界、そしてさらなる精緻な分析のためにAIが一定の役割を果たす可能性についてお話いただきました。

講演の後半では、実際にAIを用いてこの問題に取り組まれている寺沢先生に、分析の様相をご発表いただきました。寺沢先生にはディープラーニングによる分析モデルについて概説していただいた後、手稿中頻繁に見られる単語を抽出して分析した結果、カフカの執筆時期を高精度で識別することに成功していることをお話しいただきました。こうして、執筆過程の同定に関して、AIが新たな地平を開く可能性が示されました。なお、この分析は、現在刊行中の、いわゆる「写真版カフカ全集」が提示している手稿のファクシミリ画像をもとに行われています。このことは、必ずしも手稿の現物を手にすることができなくても、執筆過程の分析が成功する可能性が大きいことを示しているという点で、文学研究におけるAIの応用が広く開かれた手法であることを示唆しているといえます。
その後の質疑応答では、日本語をはじめとするアルファベット以外の文字の分析への応用可能性や、AIを使っていくなかでの人間たる文学研究者が持つ役割など、具体的な分析に関してのみならず、AIとのかかわり方一般にいたるまでの広範な議論が交わされました。

続いて招待講演として、フェリックス・クリステン先生(ドイツ研究振興会ハイゼンベルクフェロー・本研究センター客員研究員)に「多言語性・自己翻訳・言葉の響き合い—言語間におけるリルケの創造性」と題してご講演いただきました。ライナー・マリア・リルケはもともとドイツ語で創作を行っていた作家ですが、晩年になるとフランス語でも詩作を行うようになります。彼にとってフランス語は、特に〈音〉という観点からみて、ドイツ語へと翻訳することができないものでした。そのため、同一のモチーフをめぐってフランス語で詩作を試みた後にドイツ語で再び書く、という場合でも、それは一方のテクストの単なる自己翻訳なのではなく、決して等価とはいえないテクストになっていることをクリステン先生は論じられました。こうした例に加えてクリステン先生は、音に着目したリルケの詩作のさらなる一例として、生前刊行のフランス語詩集『果樹園』を挙げられました。クリステン先生によれば、この詩集においては、特定の音を起点としたフランス語の単語の連想が詩作上の大きな役割を果たしており、そうした言葉の響き合いこそが、リルケの創造性の根底にあるのです。
質疑応答では、リルケの言語間における創造性を表現するための編集がいかなるものであるべきかといった、本センターの活動にもかかわる問題から、多言語国家スイスのご出身としての、言語の〈間〉に関するクリステン先生の根本的な関心にいたるまで、多岐にわたる論点について登壇者とフロアの間で熱のこもった議論が交わされました。
国際編集文献学研究センターでは、今後も定期的に編集文献学にかかわるイベントを開催いたします。その際には、改めて本学サイトでお知らせしますので、ご興味・ご関心のある方は、ぜひご参加ください。