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教員紹介
下田 和宣准教授
しもだ かずのぶKazunobu Shimoda
- 文芸学部 / ヨーロッパ文化学科
- 職位:
- 准教授
- 専門分野:
- ドイツ哲学(文化哲学、宗教哲学、哲学的人間学)
- 担当ゼミナール:
- ドイツ語圏の思想と文化
- 主な担当科目:
- ドイツ語、ヨーロッパの思想講義Ⅰ(独)、ヨーロッパの思想演習Ⅰ(独)、ゼミナール(3年次・4年次)
- 最近の研究テーマ:
- ブルーメンベルクから考える人間のあり方
- 研究内容:
- 【 ヨーロッパを深く知る 】
日本で「哲学」というとなんとなく世間離れしたイメージがあります。しかしヨーロッパではその伝統文化の重要な一部として認知されており、身につけるべき基礎教養として学校教育制度にも組みこまれています。また、現代ドイツが直面した難民問題や脱原発に象徴されるエネルギー転換といった現代の社会事情にも、長い時間をかけて培われてきた基本的な考え方が反映しています。だからこそ哲学の歴史を深く知ることは、ヨーロッパのいまに生きる人々の考え方や生き方を理解するための大きなヒントになるのです。
【 宗教とは?(宗教哲学) 】
ヨーロッパの倫理観を把握するためにはキリスト教について知る必要があります。しかしながら、そもそも宗教とは何でしょうか。何かを信じることは人間にとってどのような役割を果たしているのでしょうか。世俗化した近現代の社会において、宗教はまだ何かしらの意味をもっているのでしょうか……ドイツの哲学者たちは、これらの問題について深く考えていました。カントやヘーゲル、ショーペンハウアーやニーチェの思想を研究することは、宗教について掘り下げて考えるための大きな一歩となります。
【 文化とは?(文化哲学) 】
ドイツ語のKultur(文化)は「耕すこと」という意味のラテン語(cultura)に遡る言葉です。人間は自然に手を加え、自分たちが生きやすいように世界を整えてきました。広い意味での文化とはそうしてつくられた世界のこと、あるいはそうした世界をつくる行為のことを指します。だから文化には便利さや豊かさがあり、文化のおかげでわたしたちは楽に生きることができている……はずです。しかしながら朝早く満員電車に詰めこまれてイライラしたり、流行りについていけずなんとなく居心地の悪さを覚えるのも事実です。
人間が豊かに生きるために人間によってつくりだされたもの(文化)が人間をむしろ生きづらくする……この逆説はなぜ起きるのでしょうか。現在、(とりわけ西洋近代の)文化がもたらした功罪についてさまざまな水準や角度から語られています。しかし性急に答えを出す前に、まずは文化の本質について徹底的に考え、そのあり方を見極めるのもよいでしょう。ヴィーコ、ルソー、ヘルダーから、ジンメル、カッシーラーへと連なる西洋「文化哲学」の諸著作を読み解くことで「文化のなかで生きる」とはどのようなことかじっくり考えてみることができます。
【 人間とは?(哲学的人間学) 】
宗教の問いも文化の問いも、つまるところ「人間とは何か」を知るという課題に窮まると言えます。「人間とは何か」という問いは哲学の歴史と同じくらい古いものだとされますが、人工知能や再生医療技術の発達が目覚ましい今日、この問いについて考えることはひときわ重要になっています。
では、その探究をどのように進めることができるのでしょうか。20世紀ドイツでは、シェーラーやプレスナーを出発点として「哲学的人間学」という分野が新たに開拓されました。さまざまな経験科学、自然科学や人文学の知見を総合的に取り入れながら人間のあり方を考察するところが特徴的ですが、とくにおもしろい(とわたしが思う)のは人間の「弱く」て「不器用」なところをすぐさま否定せず、そのあり方・その原因を冷静に見ていこうとする視点があることです。ゲーレンやブルーメンベルクによれば、人間は他の動物と比べると、単独では生きていけないほどフィジカルには無力で、不安や恐怖をすぐに感じてしまうほど脆いメンタルをもっています。だからこその欠如を補うものがどうしても必要であり、いわば苦肉の策として人間が磨いてきたものこそ、多種多様な宗教や文化、あるいは哲学だとされます。ですがどのような対応策も完全ではなく場当たり的なものにすぎません。そのせいもあって人間にはいつまでも悩みが尽きないわけです。
【 他者や自己を理解するための寛容さを育む 】
わたしたちは昔の人の考え方、あるいは他の宗教や文化など、自分とは違う価値観や生き方をしばしば簡単に批判・非難してしまいがちです。けれどもそのように他文化や他人の生き方を見下げることができるほど、わたしたちは「優れている」のでしょうか。ドイツ哲学はむしろ人々がなぜそのように考え、そのように信じ、そのような文化をもたなければならなかったのかを根本から理解しようと試みます。そのためには、他者(および自分自身)が抱く期待や願望に対してある種の寛容さがなければなりません。それはヨーロッパ文化を理解するためだけではなく、自文化/他文化の境界が薄れ、ますます多様化する現代社会で生きるために必要な心構えであると言えるでしょう。
- 略歴:
- 京都大学 文学研究科 思想文化学専攻 宗教学専修
博士課程、2015年3月、研究指導認定退学、日本国
課程博士(文学、2018年3月取得)
ドイツ留学(ボッフム、キール)
- 主要業績:
- [著書]
『宗教史の哲学——後期ヘーゲルの迂回路』、京都大学学術出版会、2019年
2020年度日本宗教学会賞受賞
第14回(2020年度)日本ヘーゲル学会研究奨励賞(単著部門)受賞
[共編著他]
古荘匡義編『ポスト・ヒューマニティ時代の宗教—— 「宗教概念批判」以降の宗教と人間』、勁草書房、2025年(担当:第10章 グノーシス主義の回帰?——ポストヒューマン時代の宗教概念)
伊原木大祐・竹内綱史・古荘匡義編『3STEP宗教学』、昭和堂、2023年(担当:終章「宗教学のこれから——「宗教とは何か」という問いを考え直す」)
[近年の論文]
「歴史的な真空恐怖——ブルーメンベルクの「哲学者の神の過剰」について」、成城大学文学研究科ヨーロッパ文化専攻編『ヨーロッパ文化研究』、43号、91~111頁、2024年
「文化の受け入れ難さ——ジンメルの実在論的な「文化—哲学」について」、成城大学文芸学部編『成城文藝』、261号、57~79頁、2023年
「哲学的言語の克服されざる根本要素としてのメタファー——ブルーメンベルク「メタファー学のテーゼ」講演について」、成城大学文学研究科ヨーロッパ文化専攻編『ヨーロッパ文化研究』、42号、73~100頁、2023年
「宗教と文化の哲学のために——「宗教」概念批判と二十世紀ドイツ概念史研究の交点から」、宗教哲学会編『宗教哲学研究』、40号、1~14頁、2023年
Blumenberg in Japan. Rezeptionslage und Ausblick, in: Allgemeine Zeitschrift für Philosophie Beiheft 2. Theoretische Neugierde. Horizonte Hans Blumenbergs. Stuttgart-Bad Cannstatt: frommann-holzboog, 2023, S.287-296.
「二〇世紀後半ドイツにおける「哲学としての哲学史」の諸相——「概念史研究」プロジェクトとその周辺——」、日本ヘーゲル学会編『ヘーゲル哲学研究』、28号、2022年、30~42頁。
「文化哲学は今日においてなお可能なのか——ラルフ・コナースマンの問題設定——」、日本ディルタイ協会編『ディルタイ研究』、33号、2022年、43~58頁。
「文化の悲劇——ジンメルとカッシーラーをめぐる文化哲学的思考の分水嶺」、成城大学ヨーロッパ文化研究科編『ヨーロッパ文化研究』、41号、2022年、29~53頁。
「背景化する隠喩と隠喩使用の背景——ブルーメンベルクをめぐるひとつの哲学的問題系」、京都哲学会編『哲學研究』、606号、2021年、25~64頁。
[主要翻訳]
ラルフ・コナースマン、『文化哲学入門』、知泉書館、2022年。
『ヘーゲル全集第15巻 自筆講義録I(1816-31)』、小林亜津子、山口誠一編、鈴木覚、嶺岸佑亮共訳、知泉書館、2020年。
詳しい業績・経歴については https://researchmap.jp/kazunobu_shimoda
- 所属学会:
- 日本哲学会、日本宗教学会、宗教哲学会、日本ヘーゲル学会、日本ライプニッツ協会、ヘルダー学会、Kulturwissenschaftliche Gesellschaft(文化学会、ドイツ)、Hans Blumenberg-Gesellschaft(ブルーメンベルク学会)